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30/10/12

アルゼンチンひよこ通信25 世界の果て

日本の皆様こんにちは。関東地方は秋深まって、栗ごはんや焼き魚が美味しいころでしょうか。海外に住んでいると美味しい魚が食べたくなります。
さて、最低気温が10度を下回ることもなくなり、日中は25度以上になるようになったブエノスアイレス。これまでは急に寒くなったりして、dudoso(=疑わしい)と言われる春の陽気もここにきてやっと信じられるになってきました。しかし!今回お届けするお話はアルゼンチンで最も寒いエリア、南の端にあるウシュアイアUshuaiaという町についてです。

ウシュアイア市公式サイトはこちら(スペイン語)

お時間のある方は世界地図を出してご覧になっていただけるとありがたいのですが、ウシュアイアは南米大陸の下の方にある島にあります。ブエノスアイレスから3250km、南極圏までは1250kmに位置し、ブエノスアイレスに行くよりも南極の方が近い、という場所です。地域としてはパタゴニア内にあり、世界最南端の町としても有名です。島はマゼラン海峡とビーグル水道、大西洋に囲まれ、隣国チリとの国境線が複雑に分たれており、「あっちがチリです」とガイドさんが色んな方向を指差して教えてくれるのですがその度に頭が混乱しました。

観光地としての主な見所は、ペンギンを観に行く、ビーグル水道クルーズ国立公園で囚人列車に乗る元監獄博物館世界の果て博物館といったところでしょうか。私の行った時期(10月中旬)はまだペンギンを観るには早かったこともあり、「世界の果てまできた」という事実が最大の観光ポイントだったような気がします。

観光客が撮ったと思われるペンギンの素朴な動画。「ほらみて回ってるわー」などなどスペイン語のコメントが微笑ましいです。

ウシュアイアの中心地は1時間もあれば全て回れてしまうような小規模の町でメインストリートにお土産物やとレストランと小振りなホテルが並び、町の概観としては北半球にもありそうなシーズンオフのスキー観光地という感じでした。

港があり、美味しい魚介が食べられるかも!と一瞬、期待に胸を膨らませました。しかしウシュアイアで獲れるセントージャ(Centolla)というタラバガニによく似たカニは、ほとんどが加工用のため地元で消費されることはほどんどなく、新鮮なカニ料理が食べられるわけではないとのこと。もともと肉食傾向のアルゼンチン、魚介に関心がないのか、レストランでも肉を焼く匂いが漂い、羊料理のほうが名物といってもいいくらい。食料はブエノスアイレスから空輸されてくるので、レストランの値段は一様に高く種類にとぼしい印象をうけました。寒い土地柄のせいか野菜と果物はいまひとつでホテルの朝ご飯もオレンジジュースは砂糖入りの清涼飲料水。日本ではコンビニで売っているフルーツジュースも100%なものを求めることが多くなり、これほど果汁感の少ないジュースを飲んだのは久しぶりでした。

元監獄博物館では、南極探検にチャレンジした船舶やもしくはチャレンジして難破した船舶の歴史も知ることが出来ます。もともと監獄だった建物を博物館にしてあるので、狭い独房の中に、はるばる先住民を宣教しにきた英国国教会の人々の歴史や刑務所に収監されていた政治犯、犯罪者の歴史が展示してあり、体の芯まで冷え冷えとしてきます。

Ushuaia01 元監獄博物館

こんな寒い場所に犯罪者として送られてきたら夢も希望もないだろうなあと思いますが、当時収監されていた人々にとっての唯一の楽しみは、囚人列車に乗って山に木を切りにいくことだったと、囚人列車のパンフレットには記されてありました。囚人達を刑務所から山に連れて行くために建設されたこの蒸気機関車の囚人列車は現在、その一部が国立公園内に残されており、観光用として運営されています。この機関車に乗ると、各国語で案内がアナウンスされるのですが、日本語部分がかなり年配の男性の声でした。おそらくその昔、アルゼンチンに移住された方なのではないかと推察されるやや古めかしい日本語で、そのお声を聞くと背筋をただされるような気分になります。

Ushuaia03 国立公園内の景色

国立公園内の散策路は「あまり手が入りすぎていない」感じが好ましく、ガイドの案内についてぶらぶらと山や湖を見ながら歩いているとブエノスアイレスの雑踏がどこか他の国のことのように感じられてきます。国立公園内にはビーバーが生息しているのですが、実はこのビーバー、その昔、皮製品がとれるのではないかと北米から導入したものの、皮をなめすときに使用する酸が水質汚染の原因になることが分かり、捕獲されることもないまま放置され、北米と違って天敵となる大型動物がいないことから、その数が増え続けているそうです。しかも、ガイドさんによると、ビーバー達はリラックスして(muy relajado)暮らしているものだから体重が40kgから50kgのあたりまで増え、もともとのビーバーに比べて別物のように巨大化してしまったのであらたに「マゼランビーバー」と呼ばれているそうです。増えたビーバーのおかげで地元のカワウソが激減したため、政府はビーバーの狩猟を奨励、尾っぽを持っていくと1匹につき代価として3ペソが支払われることになりましたが、3ペソでは猟銃の弾2発分くらいにしかならないため、特にビーバーの捕獲量が増えることもなく依然として問題になっているとのことでした。

Ushuaia04 ビーバーの作ったダム

さて、ウシュアイアを旅行していて、気がついたことといえば、「ウシュアイア生まれの人に合わなかったということ」です。最初に空港に迎えにきていたガイドさんはブラジル人。国立公園のガイドはブエノスアイレス生まれの日系人。タクシーの運転手さんはサンタフェ地方出身で、レストランのウェイターさんはタンディルの出身。みなさん、おっしゃるには「ウシュアイアには他より仕事があり、待遇も(比較的)いい。よそに比べると治安もいいので安心して住める」ということでした。

実は、ウシュアイアは観光地であると同時に、国策として開発された工業地でもあります。ウシュアイア湾沿いには工場が並ぶ地区があり、そこで国内の家電製品が生産されているのです。多くは部品を組み立てる工場でゼロから製造されているわけではないようですが、アルゼンチンで家電製品の裏側をみるとウシュアイアのあるTierra del fuego=ティエラ・デル・フエゴ州のマークが入っているのをよくみかけます。政府は80年代からこの最果ての地に住民を増やすため、工場を誘致し、居住地を建設し、税制面で優遇して国民の移住を促したのです。この寒い土地で寂しくないのかなあとひ弱な私などは思ってしまいますが、仕事があり、自然に囲まれて暮らす、というのは人生で考える価値のある選択なのかもしれません。前述のブラジル人ガイドさんは移住してきたとはいえ、ウシュアイアに住んで18年以上になるそうで、「Soy fuegina=私はフエゴ州人よ」と言っていました。

ところで最近、ウシュアイアでホットな産業といえば、チョコレート。特にチョコレートが名産というわけではないはずですが、アルゼンチンの人はチョコレートが好きなようで、ブエノスアイレス市内にも何軒か有名なチョコレート屋さんがありますし、ウシュアイアと同じパタゴニア地方の観光地バリローチェには「南米のスイス」と称される風光明媚なイメージをうまく反映させた高級チョコレート屋さんがあります。観光地とチョコレート屋という組み合わせがいいのか、ウシュアイアにも、観光客需要をみこんだチョコレート屋が何軒かありました。そのなかでも営業活動がすばらしかったのがLaguna Negraというお店。ビーグル水道のクルーズ船のチケットを買っても囚人列車のチケットを買っても、この店のホットチョコレートが1杯無料で飲める券がついてきたのです。観光客が必ず訪れるであろうこの2大スポットで無料券を配るお商売センスがすばらしい。観光を終えて、することもなくウシュアイアの町をぶらぶら歩いていると「寒いし、せっかくタダ券もらったからホットチョコレートでも飲みにいってみようか」という気になってくるのです。そしてきれいな店内で無料客だからといってぞんざいにされることもなく、美味しいチョコレートを飲んでいると、「せっかくだから土産はここで買おうか」ということでつい1箱2箱、お土産を買うことになる、、、他に名産品があるわけでもないし上等なチョコレートならお土産としていやがる人もいないでしょう。アルゼンチン人は結構、お商売上手なんだなあと思いました。

Ushuaia05 けっこうたっぷりでてきました。

そのほかにホットな話題といえば、ウシュアイアの町中でUshuaia el capital de Malvinasという掲示をちらほらみかけました。Malvinasとはフォークランド諸島のアルゼンチン名です。地図で見るとウシュアイアからほど近いところにあります。昨今、微妙な位置にある領土問題で隣国といろいろある日本人にしてみれば、イギリス本土から遠く離れたこの島々がイギリス領土というのもちょっとな、、、とアルゼンチン人の肩を持ちたくなるのですが距離の問題ではないんでしょうね。

一見、観光地としては魅力に乏しいように見えた世界の果て、ウシュアイアでしたが2泊の滞在を終えてみるとアルゼンチンについていろいろ学べる面白い場所でした。ウシュアイア訪問最後の場所、空港では免税店で掃除機が売られているのを発見。ウシュアイアはフリーポートとして税金が免除されているため、国内旅行でも免税品店があります。家電製造地域でもあるせいか、家電が安いのかもしれません。よくみると、大きな段ボール箱をかかえてブエノスアイレスに向かうアルゼンチン人もちらほらいました。しかし空港の免税品店で掃除機を買うっていうのもすごいですね。前回のマイアミ旅行といい、アルゼンチン人の購買意欲には驚かされます。この消費が景気を牽引しているということで、、、節約は国益にならないということでしょうか。

 

注)時期により事情は変わってくると思われます。さらに筆者の独断と偏見、不勉強による思い違い、勘違いも十分予測されます。軽い読み物として楽しんでいただければ嬉しいです

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19/10/12

アルゼンチンひよこ通信24 番外編:マイアミ

前回に引き続き、旅のご報告です。
プエルトリコの次に訪問したのはアメリカ合衆国フロリダ州マイアミ市です。マイアミの予備知識といえば、お恥ずかしながらアメリカのドラマぐらいのものでした。気候が温暖で、ヒスパニック系移民が多くて、年金生活者が多いのだろう、、というくらいです。

しかし、この「ヒスパニック系移民が多くて」という認識が、多いどころじゃない、と最初から気づかされることになりました。まず、空港からホテル行きのシャトルバスの運転手さんがキューバ移民2世でした。ホテルについて、フロント係もキューバ系。その上司もマネージャーもスペイン語圏出身らしくスペイン語ネイティブ。ホテルの側のスーパーマーケットではレジ係は見た限り全てスペイン語を話していて、お客もスペイン語。大量のアボカドとチップスとライムを購入する親子もスペイン語。(グアカモレチップスを作るに違いない)翌日に頼んだタクシーの運転手さんはペルー人女性でアメリカ在住20年余だとか。そのまた次のタクシーもスペイン語圏出身。レストランのウェイトレスさんはコロンビア。帰る日のシャトルバスの運転手さんはメキシコ出身。

マイアミには2泊しましたが、滞在中に英語を話したのはマイアミ大学の学生に学食の場所を聞いたときだけ。勿論、スペイン語圏文化を調べるべく、そういう地域を重点的に尋ねたから、というのもありますが、プエルトリコよりマイアミの方がスペイン語が通じるというのは不思議な感じがしました。(プエルトリコにはサービス業で英語しかわからない人もいた)サービス業でヒスパニック系のしめる割合はかなり高そうです。

さて、そんなスペイン語濃度の高いマイアミで訪れたのが「Little Havana=Pequeña Havana」です!マイアミ市内の8th street =Calle 8はキューバ系の移民が居住し、お店が集まっていることからこう呼ばれるそうです。

Miami01

キューバ人がいとなむ果物屋でまず、キューバで飲まれているというMameyジュースを飲みました。店の裏にはキューバ人が好むという鶏たちと豚がいました。

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キューバ風の濃いコーヒーを飲むお店のおじさん

Miami03

マメイジュース。ちょっとこってり。

マメイについてもっと知りたくなった方は上の動画をご覧下さい。(スペイン語)

Miami05_3  

なぜか画像が横になってしまってすみません。

銅像もあって。キューバの旗が立っています。

しかし。銅像の向かいはアルゼンチン系スーパーマーケット。奥ではエンパナーダが売られ、棚にはマテ茶。

Miami06

うーむ。キューバスタイルの葉巻屋に入ってみると、、、

Miami07

(これも横に、、、どうやらココログだと縦の写真が横に配置されてしまうのかしら?)

さすがの雰囲気!と思ったらオーナーはアルゼンチン人。しかもブエノスアイレスのポルテーニョ。実家はベルグラーノというわけでご近所さんでした。奇しくも帰りの飛行機で里帰りのオーナーとばったり。

もちろん、キューバ人経営の他の葉巻屋やキューバン・カフェもありましたが、近年、キューバ以外の中米からの移民が増え、Little Havanaにも他のスペイン語圏の店や客が出来ているということでした。そもそもこの8th streetは古くはユダヤ系、アラブ系の移民が住んでいた経緯もあり、時代の移り変わりとともに街の様子も変わっていくのでしょう。

観光客が訪れる場所とはいえ、まだまだ地元の方々の憩いの場でもあるLittle Havana。十分満喫いたしました。

後記:海外での300ドル以上の買い物に税金が課せられるという法律が施行されたアルゼンチン。人気の渡航先であるマイアミからの便は監視が厳しいという報道もありましたが、私が帰った便では特に厳しく調べられている様子はみかけませんでした。しかし、税関の申告用紙には海外で購入したものについて書くように記載がありましたし、監視の目をくぐるためか、購入した商品をあたかも前から使っていたかのように身につけて帰るアルゼンチン人が沢山いました。シャツから靴までまっさらのアメリカンブランドで身を包んだ若者とかを見ると「ま、課税したくなる気持ちもわかるわな、、、」と思ったりして。

注)南米に比べると比較的安全なアメリカ合衆国とはいえ、マイアミは犯罪発生率の高い地域なのでLittle Havanaを訪れる際には地元のツアーなどをご利用されることをお勧めいたします。また、ここに掲載の情報は2012年9月当時のものですのでその旨ご了承下さい。

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7/10/12

アルゼンチンひよこ通信23 番外編:プエルトリコ

しばらくのご無沙汰でした。関東地方はすでに秋めいてきたころでしょうか。留守の間にどこに行っていたかというと、今なお夏まっさかりのプエルトリコに行っていました。

プエルトリコ=Puerto Ricoはカリブ海のドミニカ共和国の隣にある島国ですが、政治的には米国自治連邦区=commonwealthとなりサイパン島を含む北マリアナ諸島と同じ扱いで、アメリカ合衆国でもなければ、独立国というわけでもありません。主立った公共施設にはアメリカ合衆国とプエルトリコの旗の両方が掲げられ、郵便もUnited States Postal Serviceのオフィスがあり、合衆国本土からプエルトリコに飛ぶときも国内便扱いで、パスポートコントロールはありません。一方で、プエルトリコ市民には申請して手続きを踏まない限り、合衆国大統領選への投票権はなく、プエルトリコの知事選は合衆国大統領選と同じ日に行われます。

ただ、生活スタイルはかなり北米化していて、通りには北米資本の大手チェーン系スーパーが並び、片側4車線のハイウェイが整備され、北米的な肥満傾向の住民を見かけます。観光業に従事する人々はほとんどが英語を話し、「北米のようにすごせるカリブ海リゾート」ともいえるでしょう。

Puertoricowalgreens

個人的には、滞在先の近くにあった北米系スーパーのWalgreensに入って、10種類以上のマスカラが並んでいるのを見たときに「ここはアメリカ合衆国だ!」と思いました。ブエノスアイレスでも生活するのには問題ないくらいに物が手に入りますが、アイテムごとの選択肢はかなり限られているといえます。スーパーに入ると、いろんな品物が並んでいるように見えますが、よく見ると同じ商品がずらっと並んでいるだけで、「比較検討して買う」ということはあまりできません。必要なものがあったら、それが無くならないうちに買うのみです。というのも、つい最近までみかけていたものが、原材料の輸入規制やら、作業員のストやら、運搬人のストやらで突然、手に入らなくなったりするからです。ある時に買い、なければ諦めるという消費行動が半年のブエノスアイレス生活でいつの間にか身に付いていました。

勿論、マテ茶やお菓子、パスタなどの食料品や自国製品にはいくつか種類があり比較検討する楽しみもあるのですが、やはりアメリカ合衆国の豊富な選択肢に比べるとささやかなものだと思います。

Walgreensで似ているようで微妙に違うマスカラがずらずらと並んでいるのを見て、頭がクラクラしてとりあえず、一旦、滞在先に戻ってネットで口コミを調べてから再度、購入しました。マスカラ1本買うのに手間がかかるといえばかかりますね。ブエノスアイレスでは、一部のチェーン系ドラッグストアを除けば、昔ながらの対面式薬局がほとんどなので、店に入って、店員さんに欲しいものを告げ、説明を受けて納得がいったものを購入という手順です。コミュニケーションがわずらわしいような気もしますが、ネットで口コミを調べて、またその口コミが信用できるかどうか疑いながらまた調べて、、、という苦労を思えば、店の人に聞いた方が早い、という気もいたします。セルバンテス書店にいらっしゃる皆さんも遠慮なく、お店のスタッフに相談してみてくださいね。

話が逸れましたが、実はプエルトリコにいくのは今回で2回目となります。前回、プエルトリコに来たときはOld Sun Juanという旧市街とプエルトリコ大学のあるRio Piedrasを訪問しました。旧市街の建物を彩る鮮やかな壁の色に比べて、Rio Piedrasのシャッターの閉じた通りやあちこちに書きなぐられたイタズラ書きが不穏な雰囲気に見受けられました。やはり、観光地区以外は貧しい場所が多いんだなあと感じたのですが、ブエノスアイレスで半年暮らしてから再訪してみると、部分的にプエルトリコの方が豊かに見えてくるから不思議です。

まず、電車とバスが新しくてきれい。トイレの鍵がかかる。スーパーに商品がいっぱいある。衣料品や生活備品が安い。自家用車がきれい。(そして運転手が歩行者を優先してくれる!ブエノスアイレスでは車の運転は総じて荒く、うかうかしていると轢かれそうになります)ハイウェイが立派。

Puertoricocubo ゴミ箱も立派

その一方で、地元の方の説明によるとプエルトリコで職についている人の割合は住民の40%しかなく、ここ数年で観光業の売り上げも落ち込み、ヨーロッパからの直行便も数が減り、暮らしは決して豊かではないということです。

人気の観光地であり、地元の富裕層が住むというCondado地区を歩いていると、ビーチ沿いにホテルやマンションが立ち並び、音楽を聞きながらジョギングをする人がいて、まるでカリフォルニアかどこかのようでした。しかし夕方になると草むらから「コキ、コキ」と甲高い鳥の声のようなものが聞こえてきます。これはプエルトリコにしかいないカエルの泣き声なのです。

Puertoricoplaya

アメリカ合衆国という国はどこかの土地を「アメリカ化する」ということに非常にたけた国なのだなあと思いました。アメリカ化すればとりあえず快適な場所は手に入るのでしょうが、それと引き換えにその国らしさ、というものは失われてしまうのかもしれません。

とはいえ、まだ、プエルトリコの公用語はスペイン語である、というのがほっとしました。

■プエルトリコで出会ったスペイン語

guagua バスのこと。バスをこう呼ぶのはキューバとプエルトリコとカナリア諸島だそうです。

mantecado アイスクリームのこと。

注)地区や時期により事情は変わってくると思われます。さらに筆者の不勉強による思い違い、勘違いも十分予測されます。軽い読み物として楽しんでいただければ嬉しいです。

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