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15/04/15

Murió Eduardo Galeano ウルグアイを代表する作家の死

Galeano
ウルグアイを代表する作家、エドゥアルド・ガレアーノが4月13日モンテビデオの入院中の病院で亡くなりました。74歳でした。独自の歴史観から語られる作品で知られた作家といえるでしょうか。

ガレアーノは60年代に記者として活躍後、71年にLas venas abiertas de América Latinaを発表。1973年軍部によるクーデターで始まった軍事政権下では国外への移住を余儀なくされ、アルゼンチン、ブエノス・アイレスで雑誌「Crisis」で活躍。1976年にアルゼンチンでも軍事クーデターが起こると再び、出国。1985年までスペインで過ごす。その後民主化されたウルグアイに戻り、代表作である「Memoria del fuego」を発表。邦訳はみすず書房より『火の記憶』3部作として発行されています。2010年スイスのStig Dagerman賞受賞、2013年にはキューバのel Premio Alba de las letrasを受賞。

La Naciónの記事を抜粋・要約しました
http://www.lanacion.com.ar/1784033-murio-el-escritor-uruguayo-eduardo-galeano-a-los-74-anos

El País (ウルグアイ)の記事
http://www.elpais.com.uy/informacion/murio-escritor-uruguayo-eduardo-galeano.html

個人的な思い出といえばブエノス・アイレスのブックフェアーの招待講演に長蛇の列で入れなかったこと。亡くなってみて改めてその存在の大きさに気付かされました。思えばその年(2012年)にカルロス・フエンテスが亡くなり、昨年はガルシア・マルケス。そしてガレアーノ。一時代の終わり、という感じですね。

ブログを読み返してみると、ガレアーノの講演のために10時間以上並ぶ人々がいた、という話でしたが、作家の講演のためにそこまでする人が大勢いたということ、アルゼンチンには本当に、読書に親しむ環境があるんだなと思います。

私の周りでも日常的に文学の話が出ていましたし、日本の作家、三島や大江のこともよく聞かれました(そして冷や汗をかきました)。
アルゼンチンではなぜにそんなに文学が重要なのでしょうか。
ガレアーノの人生を要約していて思ったのは、力をもたない人間が、何かできるとしたらそれは言葉を使うことがだからじゃないかなと思います。アルゼンチンではもちろん、まだ軍事政権下の記憶が残る人もたくさんいて、声高にそのことを語ることはないけれども、いざという時の言葉の力をというのをまだ信じているのではないかと思います。

社会生活において事実=factが重要なのはもはや当たり前のことですが、人が共感できるのはおそらく物語=storyなのではないでしょうか。素晴らしい文学には普遍性があって、国や言語が違っても同じひとつの物語を読んで共感できたときの喜びと、その時に感じる親しみは他には変えられないように思うのです。私自身、人に偉そうに語れるほど本を読んでいるわけではありませんが、多少なりとも本を読んでいたおかげで、アルゼンチンでまともに扱ってもらえた、経験があったのでした。

1日、1日、なにか語るべきことがある、というコンセプトで366編の日付にまつわる短い話を書いたガレアーノの著作、「Los hijos de los dias」 の4月15日の話はスペインの画家Francisco de Goyaのpinturas negras=黒い絵についての話です。以下要約と引用と意訳です。

この暗いテーマの一連の絵に当時は誰も興味を示さず、プラド美術館も1882年に寄付されるまで買うこともなかった。しかし今となってはプラドでも人気のコレクションの一つとなっている。

 

— Las pinto para mí — había dicho Goya. Él no sabía que las pintaba para nosotros.

 

自分のためにこれらの絵を書いたーとゴヤは言ったものだった。彼は私達のために書いていたことを知らなかったのだ。

上記の本は取り寄せになりますが、セルバンテス書店で現在、在庫のあるガレアーノの短編が入ったCD付き短編集はこちら。(M)

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